偏ってる映画日記

主に映画、ごく稀に本についての感想を自由に書いています。

映画『赤いアモーレ』

2004年スペイン映画。

監督兼主演セルジオ・カステリット、共演はペネロペ・クルス

 

もともとベストセラー小説だったものを映画化。

2003年度イタリア・アカデミー賞11部門ノミネート、最優秀主演男優賞と最優秀女優賞受賞。

 

 

題名からして熱そうな恋愛映画だろうと想像していたが、ちょっと想像とは違った。

 

ざっくりあらすじをまとめてみる。

話は、バイク事故で意識不明重体、生存が危うい状態の少女がある病院に運ばれてくるところから始まる。少女はなんとこの病院の外科医の一人であるティモーテオの一人娘だった。

時は変わり、10年以上前のティモーテオの過去に遡る。綺麗で仕事もできる奥さんを持ち、医師の仕事も順調、何不自由ない生活を送るティモーテオ(セルジオ)は、仕事で訪れた寂れた荒廃しかけた街で、たまたま電話を借りることになったイタリア(ペネロペ)と言う名の女性を衝動的に襲ってしまう。妻とイタリアに多少の罪悪感を持ちながらも、イタリアに再度会いに行き、定期的に密会する関係に陥る。

しばらくして、イタリアに子供ができたことを知ったティモーテオは、産んでほしいと言う。妻にも正直に全部話してイタリアと正式に一緒になろうと決意いた矢先、妻にも子供ができたと告げられる。そんな二つの関係のはざまで苦しみながらも、妻にバレないように振舞っているうちに、イタリアとは会えない日々が続く。そうしているうちに、イタリアは自分は捨てられたと思い、堕胎を行なってしまう。

イタリアは故郷だというカナダに旅立つことを決意するが、ティモーテオはイタリアを本気で愛しており、手放したくない。仕事も妻も投げ出してイタリアの旅立ちに連れ添い、愛の誓いを交わすが、急にイタリアの体調が悪くなり、緊急で病院に運んだが、手遅れだった。死因は堕胎によるものだった。

ティモーテオは愛する人を失い、また以前の日常へと戻る。

そして今、また自分の娘という愛する人を失いかけている。

イタリアの想い出と交錯する。

結局、娘は意識を取り戻し、外の雨もやみ、晴れ間が見えてくる。

 

 

観終わってすぐは、一体なんだったのかよくわからなくてしばらく考えてしまった。軽い紹介文では、不倫とか官能系映画と書かれていたような気がするが、そういう映画ではない。いわゆる不倫をしてはいるものの、不倫がテーマの映画ではない。ラブシーンもちょいちょい出てはくるが、そんなひどい露出もないし、ペネロペに至っては下着姿くらいしか出していない。注意力の無い私にはわかりにくい映画だった。解説を読んだりしたところ、あぁなるほど・・・っていう場面がいくつもあった。あれ何の意味あるのかなあ〜ってくらいで深く考えずスルーしてたら、意外と重要な意味を持っていた場面がいくつかあったようです。そこを理解していないと、全体通して???となってしまうのだった。スペイン映画って滅多に観ないので、こういう映画多いのかはわからないが、フランス映画と共通する不思議さ、意味不明さ、暗さがある。

で、意味ある場面だが、

1、衝動的にイタリアを襲っってしまった日、妻のもとに帰ったティモーテオは、浜辺で砂に、「私は女を強姦した」という意味の言葉を書いていたが、妻はそれに気づくこともなく気楽にたわいないことを話し続けている。

3、子供が欲しいといったティモーテオに「今の生活で十分満足している」と言って取り合おうとしなかった妻。

2、妻の電話中に、ティモーテオが隣の家のおばさんに、「自分は哀れな女を孕ませた」といったことを叫んでいるのだが、妻は全く気づかず電話に夢中である。

 

こういった場面は、特に説明があるわけでも無いしパッと切り替わるので、少し異様な感じはしたものの、何を示唆しているのかわからなかったが、要するに、ティモーテオ夫婦は表向き全てがうまくいっている幸せな夫婦に見えて、実は、妻は夫に興味がなく、夫の行動なんて見ておらず、自分のことしか見ていない。ティモーテオは精神的に孤独な、かわいそうな子供のようだ。

そんな中、妻とは全てが正反対の、退廃した街でその日暮らしのような生活をしている、浅黒くて、厚化粧で、髪はボサボサのシラミ湧いているような、素直に自分の感情をストレートに表す女イタリアに惹かれていき、そこに生きる活力、幸せを見出すのだ。

彼はただの軽い浮気心でイタリアに接していたわけではない。イタリアに子供ができたと知った時、本気で妻と別れようと決心した。きっともう随分前から妻への愛情は無くなっていたのだろう。ただ形だけの結婚生活の関係と結婚していないけど本気で愛し合っている関係。結局、ティモーティオが今までの安定した常識的な生活を振り切れずにもたもたしている間にイタリアとの子供という幸せが逃げていってしまった。そして、またイタリア自身という大切なものがまさにいなくなってしまう・・・・もうそんなのは嫌だ!とばかりに学会の仕事を途中で放棄し、ほとんど妻のことも顧みずにイタリアのもとに駆けつけた。

しかしそのイタリアという幸せも逃げていってしまう。

全てのタイミングが悪かった。

 

そして、妻とのいつも生活に戻り、産まれた娘も大きくなるが、なぜか娘に柔道をさせている。そもそも柔道が好きじゃないのにやらされて、いちいち説教されてキレた娘は、「私は男の子じゃない!」って泣き叫ぶ。ティモーテオはイタリアとの間に生まれるはずだった男の子を娘に重ねていたのだろう。虚しい生活の中に産まれてきてくれた娘にイタリアとの幸せを重ねていたのか。

その唯一の拠り所となっていた娘もまた死によっていなくなってしまう寸前だった。

正直、結局のところティモーテオはどういう風に自分の人生を腹に落としたのかわからなかった。しかし、最後に娘の意識が戻り、雨は上がり、晴れ間が見えた中を歩いていくティモーテオの姿からは、決して暗いものではない、何かすっきりしたような吹っ切れたような空気を感じた。

 

 

イタリア役だったペネロペにも驚きだった。

上品さを一切排除した、本当にその辺にいそうなやさぐれた女性の役を演じきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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