偏ってる映画日記

主に映画、ごく稀に本についての感想を自由に書いています。

映画『アマデウス』

1984年制作、アメリカ映画。

ミロス・フォアマン監督、ピーター・シェーファー原作・脚本。

F・マーリー・エイブラハム主演、モーツァルト役にトム・ハルス。

 

 アカデミー賞のうち、作品賞、監督賞、主演男優賞、脚色賞、美術賞、衣装デザイン賞、メイクアップ賞、音響賞の8部門を受賞。他多数の映画賞に受賞歴がある。

 

ブロードウェイの舞台「アマデウス」からの映画化らしい。

 

【あらすじ】

 物語は、自殺を図り、精神病院に運ばれたイタリア人作曲家アントニオ・サリエリが神父にその生涯を語るという形式で進む。

 

 サリエリは子供の頃から音楽が大好きで、音楽の道に進めるのなら、それ以外は全てを神に捧げてもいいとまで思い、実際、その信仰を守り、ストイックに生きていた。やがてオーストリア皇帝ヨーゼフ2世のピアノ教師、作曲家となり、順風満帆かと思われた。

 そんなある日、幼少の頃から神童とうたわれ、その父と共にヨーロッパ各地を周り、演奏を披露していた若き天才ドイツ人作曲家モーツァルトが現れる。

 サリエリは、モーツァルトの音楽的に恵まれた環境や才能に嫉妬し、モーツァルトが高く評価されることを恐れ、あらゆる場面で妨害しようとする。しかしまた、嫉妬に狂いながらも、誰よりもモーツァルトの才能を評価し認めていたのもサリエリであり、モーツァルトの作品に惚れ込んでいた。サリエリはこの嫉妬と羨望の苦悩に苦しみ、モーツァルトの死を画策するようなる。

 そして、そのチャンスは訪れ、実際にサリエリが手を下したわけではないが、後押し、あるいは早めた形で、モーツァルトはレクイエム作曲中に病死する。

 サリエリはこの結果を待ち望んでいたはずなのに、この事実に絶望し、苦しみ続け、やがて精神を病んでしまうのである。

 

【感想】

 終始モーツァルトの美しい楽曲が使われ、また、映像も素晴らしく、動く絵画を見ているようだった。

 途中途中「フィガロの結婚」や「ドン・ジョバンニ」等、超有名なオペラが登場して、見入ってしまう。

 ストーリーとしては正直微妙なところで、なんとなく先がわかってしまってのめり込むほどではなかった。

 とはいえ、サリエリモーツァルトへの感情、その才能への強い嫉妬と羨望、天才的能力を尊敬しているのに憎んでしまうという感情、人間生きていれば一度は経験しているのではないだろうか。なんでもできる超天才とかであれば無いかもしれないが、凡人に生まれて、特に人より秀でた能力もない、あるいは、ちょっと人より優れているけどもっと優れている人はいるって程度の能力を持ち合わせている人。そんな人で、何かに頑張っていたり、人生をかけていたり一生懸命だったりする人には、ぶち当たる感情ではないだろうか。自分がどんなに努力し、力を注いでも勝てない相手。更に、相手はさして努力もせず、簡単にこなしてしまう。自分の欲しいものをたやすく手に入れてしまう。ただのライバルではない。本来ライバルにさえなり得ないのである。元々の能力が違いすぎて、努力で追いつけるものではない。

 こういう音楽や芸術、スポーツ等の才能が左右するような業界はこの嫉妬と尊敬の感情が渦巻いていそうだ。そんな感情の中で結果

を出していく精神的強さも求められるだろうし、まあ私はすぐ押しつぶされちゃいそうだから無理だわ。しかし、こういう業界ほどの厳しさではないにしろ、一般社会でもこの感情に苦しめられることはよくあると思う。例えば、学生時代の短距離走のタイムやら試験の点数、大学受験の時期・・・・私の高校時代(大昔だが)、仲良かったカップルが受験勉強の時期に模試の点数が相方の方が良かったとかの理由で仲違いし別れた、というような話を何件か聞いたことがある。また、自分自身、昔、会社で同期の人と社内恋愛していたのだが、相手があまりに優秀で仕事ができ、逆に自分は努力してもそこまでの能力がなかった為、嫉妬のあまり喧嘩が絶えず別れてしまったという経験がある。物凄く好きだったにもかかわらず、だ。

 嫉妬の感情というのはこれほどに強い感情なのだ。人の正常な判断を狂わせ、通常であれば思いもしないような行動を起こさせる。嫉妬の感情に駆られて行うことに良い結果が伴うことはあまりない。でも、そんなことも想像できないくらいにがんじがらめになってしまう。

 この映画を観て思うのは、自分の感情の中から抜け出し、できる限り客観的に観て、視野を広く持つ必要性だ。もちろん簡単ではない。しかし、感情の渦中にいてそこで溺れていると、取るに足らないことが大きく重要なことに見え、本来自分がなすべきことが見えなくなる。この映画のサリエリで言うなら、モーツァルトの音楽的才能に嫉妬し、自分を脅かす脅威であると捉えてしまっていることや、自分にはない自分が欲しかったものを簡単に手に入れていると思われる彼への妬みだ。彼がもっと全体を見ることができたなら、自分には到底追いつけないほどの才能を持ったモーツァルトを援助し、潰そうとするのではなく、育むことに重きを置いただろう。それによってモーツァルトだけでなく、音楽業界全体への貢献になるわけで、サリエリにとっても良い結果に繋がっただろう。

 

 とはいえ、この話はフィクションである。実際のサリエリモーツァルトを殺そうとしたこともなければ、精神病院に送られたこともない。彼はモーツァルトを高く評価し、モーツァルトの曲をたびたび演奏するなど、その才能を認め親交を持っていた。また、経済的にも社会的にも成功し、自分が恩師にしてもらったと同じように弟子から一切謝礼を受け取らず、支援を惜しまなかったという。

 他方、モーツァルトに関していうと、性格的には実際の人物像に近いようである。天真爛漫、品行下劣、浪費癖、容姿も微妙で、音楽的才能以外は何も持ち合わせていなかったようだ。また、 妻のコンスタンツェも、同様に浪費傾向があったという。

 

 ついでにどうでもいいかなり個人的な意見だが、この映画の中でのコンスタンツェについて。とても可愛いのだが、妙に腹が立つ。容姿も振る舞いもどうも私の嫌いなタイプである。

 あと、あの極度に胸を強調した服装にびっくりした。西洋絵画ではよくお目にかかるが、あんなのは絵の中でオーバーに描いたものであって実際はそんなことないだろうと勝手に思っていたら本当にあんな服装できるものなのね。

 

 

 

 

 

 

 

 

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