偏ってる映画日記

主に映画、ごく稀に本についての感想を自由に書いています。

映画『セブンイヤーズ・イン・チベット』

1997年アメリカ映画。

監督は愛人ラマンのジャン=ジャック=アノー。

 

 第二次大戦下、オーストリア人登山家ハインリヒ・ハラーブラッド・ピット)は、世界最高峰のヒマラヤ山脈へ身重の妻を残して出発するが、途中イギリス軍に捕まり捕虜になってしまう。なんとか脱獄に成功し逃亡するうちに、秘境チベットの首都ラサに行き着く。そして、このチベットで生活し、チベットの人々とふれあうことで、次第に人間的に成長していく、というような話。

 

印象1

 大自然の描写が美しい。内容にチベット問題を扱っている為、中国から無期限立入禁止にされてしまい、ロケ地の大半はアルゼンチン、他はネパールとのこと。しかし、実は内緒で撮影した本物のチベットの映像も含まれているらしい。

 

印象2

 ダライ・ラマ14世がかわいい。無垢で純粋で、好奇心旺盛で、思いやりのあるまっすぐな少年。

 

印象3

 西洋文化ガチガチの人間と東洋の中でも最も西洋文化が浸透していないであろうチベット文化の人間達とを出会わせることで、その考え方、価値観の違いをはっきり浮き彫りにしている。個人主義で目立つこと、人より上であることに重きを置く価値観と目立たず自己主張せず自我をなくすことに重きを置く価値観。

 主人公のハラーが、ちょっと気になるチベット人女性ペマに、気を引こうとして、オリンピックで金メダルを取った自慢話をした際、

西洋ではあらゆる意味で頂上を極める人が英雄、私たちの理想は自我を捨てること

と返され、戸惑うようなシーンがある。このセリフは大概の鑑賞者が印象に残るだろうし、また製作者もそう意図しているだろうと思われる。この作品のメインテーマだと思う。監督のジャン=ジャック=アノーは「愛人ラマン」でも当時フランス領だったベトナムを舞台にした作品を映画化しているが、西洋の植民地支配主義になんらかの思いがあるのだろうと思われる。

 

 また、ハラーがチベット文化に触れ、その自分本位な考え方が徐々に変わっていくのと対称的に、チベット文化に最も敬虔で謙虚に見えたンガワンが出世欲に魅入られていく様も考えさせられる。

 

 とはいえ、最近の東洋文化礼賛的風潮も私としてはそのまま受け入れていいものかどうかわからないし、国々の文化や思想、考え方の違いについては多少思うところがあるので後日別の機会に書けたらと思う。

 

印象4

 チベットを舞台にしているだけあって、中国のチベット侵略についても描かれている。

 この映画を主人公の視点から見れば、その精神的成長・変化、ヒューマン映画として穏やかな結末で、最後のシーンでは、あんなに拒否されていた息子と山登りをするまでに人間関係が改善されているというハッピーエンドである。

 しかし、チベット問題という視点から見ると、中国のチベット侵略・虐殺の序章であり、これから来るであろうチベットの民の苦難の始まりを暗示していると思われ、すっきりと、ああ素敵な映画だったね、と穏やかな気持ちになれる映画ではなかった。

 

 

 テーマが深く、素晴らしい映画に違いない。人生の中で競争に疲れた人や何か人間関係がうまくいかないという人に観てもらいたい。何かに気づけるかもしれない。また、日本ではシリアの紛争やテロのようにはあまり報道されていない、今尚続くチベット問題について目を向けるいい機会になると思うので、多くの人達に観てほしい映画である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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